Finis Africae

■興味のある話題が何か一つ見つかるまでは具体的なこと話す

誰とでも世間話ができるちょっとした会話術」でもご紹介しましたが、これは相手の興味のある話題を知り、本当の会話を始めるのに良い方法です。「最近どうですか?」というようなありがちな質問には、「ぼちぼちです。そちらは?」と答えるのではなく、その日あった具体的なことを答えましょう。例えば、「良いですよ! 朝からカヤックをしてきたんです。気持ち良かったですよ!」という感じです。

具体的な話を共有すると、相手の反応は「その話に対して何か質問をしてくる」、もしくは「興味が無さそうに『それは良かったですね』と言う」のどちらかになります。もし相手があなたと同じようなテンションで答えてきたら「興味がある」ということですから、その内容で会話を続けましょう。興味がなさそうにしていたら、ほかの具体的な話や情報で相手の興味がありそうなものを探りましょう。

Photo by David Goehring.


■話題に関係のある質問をする

自分に関することをあまり話したくないという人は多いですが、世間話を実りある会話にしたいというのであれば、初対面の人にも自分が興味あることを話しましょう。「Psychology Today」では、これをうまくやる方法がいくつか載っていました。まずは質問から始めましょう。

初対面の人と会うことが多い場合は、自分のことについて話すようにしてつまらない世間話の時間が減るようにしましょう。まず最初に聞いてから話すならなお良し。もちろん誰かが会話を始めなければなりませんが、あなたと相手が互いの話をきちんと聞いている場合は、次に何を言おうか心配しなくても自然に会話は流れます。

一度会話の流れがつかめたら、その話に沿って質問をしていけばOK。質問をするというのは、世間話が自然に普通の会話へと変える、まさにすばらしい方法です。質問は間違いなくその話題に関係があるものにして、自分に会話の流れが戻ってこないようにしましょう。

Photo by Clarkston SCAMP.


■関係のある話題で攻める

実はその日のニュースについて話すのが好きな人が多いので、退屈な世間話で終わりがちな話を楽しい会話へと移行させるのは簡単です。いくつかの話題を念頭において話をするのは、世間話を会話へと導くための良い方法です。「The Art of Manliness」には、話題が思い浮かぶようにするシンプルな方法が載っていました。

話をしている相手のことをよく知らない場合は、何となく興味がありそうなことを考えてみましょう。相手の地元のユニークな一面について聞いてみたり(「その街で面白い銅像を見かけたことがあります。あれにはどのような逸話があるのですか?」)、相手の会社について聞いてみたり(「近いうちに中国に進出されるそうですね。いつ頃になるのですか?」)、相手の方が背景をよく知っていそうなことについて質問してみるのです

もし関係ある情報をいくらかでも引き出せれば、世間話はもっと面白い会話へと変わるという考え方です。

Photo by John Verive.


■仕事や趣味を聞かれたら具体的な内容を添えて答える

ありがちな会話に「で、何をしてるのですか?」という質問があります。その人の興味があることを探る、手っ取り早い質問です。仕事によっては簡単に答えられることもありますし、少々込み入った答えになることもあります。

原文筆者の個人的な経験では、仕事というのは、だいたい一言二言程度で答えられるものです。これまでの人生でやってきた仕事はそれほど多くはないですし、その仕事で何をしてきたかの説明も難しくありません。「お仕事は何をしているのですか?」と聞かれた時に「ライフハッカーのライターをしています」とだけ答えるのではなく、その週に書いた記事の内容や、仕事での経験談などもう少し情報を付け加えて答えるようにしています。基本的には、どこで働いているか、仕事での役職やポジションはどういうものか、仕事の内容がより分かるような話もあればそれを答えます

同じく「趣味は何ですか?」という質問もありがちです。「よくハイキングに行きます」なんて答えてはいけません(何でもいいですが、それだけではダメだということです)。「こないだの週末は姉と山登りに行ったのですが、熊が山羊を追いかけてるのを目撃してビックリしました」という感じで、その趣味に関する最近あったことなどを話しましょう

まー安月給のバイトに忠誠求めるなや。金払ってから忠誠を求めろ
東電を見ろ、誰も裏切らない

自分が小学生時代のお話。
小遣いを貰ったばかりで
個人のゲームショップに行って安い中古のゲームを物色していたら
いきなり店員に呼び止められた。

「悪いけど盗ってるよね。こっちは分かってるからポケットの中身出して」


とこっちが子供だからか随分と横柄な態度で言われた
どうやら万引きと間違えられたみたいだ。
時期が3月下旬で花粉症だったせいか
ポケットにパンパンにティッシュを入れていたのがアダになったらしい。

店員はしてやったりみたいな顔をしているが出てくるのはティッシュの束。
全部出し終えて「これで全部です」と言うと
リュックとかまで探られた後に
あろうことか「紛らわしいから気をつけて」とか言われて謝罪もなし。


でも小学生だからかどうしていいか分からずに帰宅し
次の日に学校の先生に話したら先生がぶち切れ。

放課後、先生に連れられて店に行くとその店員だと教えると

うちの生徒が間違った侮辱を受け、謝罪もされていない。
万引きを捕まえるなとは言わないが貴方のその後の行動は
小さな子供にどれほどの影を落とすのか分かっているのですか!?

と大きな声で説教。
店員は
「そんな事言ってない」とか言い訳してたけど
騒ぎが大きくなって店長が店に呼び出されて
監視ビデオが確認されてアウト。

その後、色々とクーポンとか貰えたけど
そんなことより自分の為に真剣になってくれた先生の事は絶対に忘れない。

ほんわか2ちゃんねる どれほどの影を落とすのか (via blendy999) (via mopperatan) (via kazz7) (via hanaana) (via takasick) (via pedalfar) (via vmconverter) (via fukumatsu) (via pcatan)
2009-08-11 (via gkojay) (via takaakik) 2010-01-29 (via gkojay) (via usaginobike) (via rokuroku)

ハイチという国について多く知識を持つ日本人はさほど多くないように思われる。これは非常に残念なことだ。日本は長らくハイチに自衛隊を派遣しており、関わりの深い国と言えるからだ。

ハイチはキューバのすぐ東側にあるイスパニョーラ島の西側の占める国家であり、一言で言うとこの世で最悪の地獄だ。破滅と退廃に満ちており、失敗国家ランキングでも 5 位を占めている。

ハイチは中南米諸国の一つであるが、国民の大半が黒人だ。この国ではアフリカ諸国でよく見られるような政変と内乱を徹底的に繰り返されてきた。国力は全く成長していない。極めつけが 2010 年のハイチ大地震だ。

ハイチ地震の規模は日本の東日本大震災よりも遥かに規模が小さかった。にも関わらず死者の数は東日本大震災の 15 倍、 32 万人近くに登る。これはハイチの社会インフラの未熟さを示している。

地震の後ハイチでは衛生環境が悪化しコレラが大流行、 7000 人もの死者が出た。地震後の政局は大変混乱しており、国会や行政は完全に空転し主要な行政組織の建物は未だに倒壊したままだ。

ハイチの歴史と呪術

ではハイチの社会システムがここまで壊滅的である理由はなんだろうか。そこには呪術ゾンビが大変深く関わっている。

元々ハイチはフランスの植民地として建設された土地だ。フランスは植民地の建設過程においてイスパニョーラ島の原住民を完全に抹殺してしまった。そこでフランスは西アフリカより黒人奴隷を導入した。黒人奴隷の導入によりイスパニョーラ島ではコーヒーのプランテーションが大成功しフランスに莫大な富を齎した。

ところで西アフリカから導入された黒人達は、ある宗教を信じていた。ヴォドンだ。ヴォドンはアフリカ特有の精霊信仰とフランス式のキリスト教のキメラだ。こうしたキメラが生まれた理由は二つある。一つはフランス人らがキリスト教を無理矢理アフリカに布教したこと。もう一つは西アフリカ人が北アフリカのイスラム教徒に対抗すべくキリスト教徒に接近したこと(こうしたようにアフリカの奴隷貿易を中心とした合従連衡は非常に複雑だ)。

いずれにせよイスパニョーラ島の黒人は、精霊の魔術とキリスト教のサクラメントが合体した呪術を信じていた。このヴォドンという宗教はハイチに到達するころには主にヴードゥーと呼ばれるようになっていた。

1789年、フランス革命が勃発し、フランス王政は破綻した。これによりフランスのイスパニョーラ島支配に緩みが発生していた。

こうした状況の中でイスパニョーラ島では「本国フランスとの平等な関係」を求める声が高まりを見せていた。しかし運動はどれも小規模なものであり、イスパニョーラ島において革命が成立する可能性は低いと観測されていた。

1791年、ブードゥーの司祭デュティ・ブークマンは森林の中で儀式を行ない、フランスの支配体制打倒を誓った。そしてデュティは奴隷達に大号令を発すると奴隷達は一斉に暴動をはじめイスパニョーラ島は大混乱に陥いった。この事実はブードウー教が既にイスパニョーラ島において高い権威を持っていたことを示している。

初期においてはこの単なる暴動にすぎなかったが、トゥーサン・ルーヴェルチュールなどに代表されるインテリ黒人やムラートが暴動を指揮するようになると、折からの革命によって弱体となっていたフランス軍は徹底的に撃破されイスパニョーラ島は黒人の統治下に置かれることになった。

1799年、ナポレオンがフランスを制圧した。ナポレオンは当時一般の価値観に基いて人種差別をしていた。そこでナポレオンはイスパニョーラ島制圧を考え1803年に軍隊を派遣したが、この軍はイスパニョーラ島の暑さによって弱体となりまたもや徹底的に撃破された。

こうしてフランスはイスパニョーラ島支配を諦め、イスパニョーラ島は世界初の黒人共和国ハイチとして独立することになった。

ここで注目すべきことは、この独立が成功した理由が

  • 黒人達に思想的な連帯があり統一的な国家観を抱いていた
  • 黒人達が力や知識を蓄えた結果フランスを凌駕するに至った

わけではなく

  • 黒人達にはヴードゥーの呪術という連帯しかなく(これはフランスが民族的なオリジンを奴隷輸送で破壊したせいだ)
  • 黒人側に多少の人材はあったがフランスを凌駕するというものでもなく
  • しかしフランスが革命によって全く弱体化していた

という点である。つまりハイチ革命の本質は偶然成功してしまった魔術的暴動でしかない。

統一された国家を築くだけの思想経済的基盤知的基盤も黒人達は持ち合せていなかった。結局のところ、この島にはヴードゥーの呪術しかなかったのだ。

ところでフランスはハイチの独立について「フランスの財産を破壊した賠償金」をハイチが支払うことで認めることとした。そしてその他の欧州諸国はハイチの独立を徹底して無視した。ハイチの独立を認めたことによって自分たちの植民地に独立の炎が飛び火することを恐れた。

フランスの課した賠償金は莫大なものであり、各国はハイチと貿易をしなかったから、ハイチの経済基盤は徹底的に破壊され、経済の混乱は内乱を招いた。紆余曲折を経て島の東半分はドミニカ共和国として独立することとなった。

ハイチにおいては政治は徹底的に混乱し、行政も経済も教育もまともに発達しなかった。

ゾンビの時代

ところで、ゾンビの一般的なイメージとはどんなものだろうか。

墓から蘇えった死体が動きまわる。死体は大抵ウイルス性の病を帯びている。死体は人間を襲い、これを食う。食われた人間はウイルスに感染し、これもまたゾンビとなる。

こんなものではないかと思う。こうしたイメージはロメロの映画やそれに後続する映画達、それからバイオハザードシリーズなどによって形作られたというところが大きい。

ではロメロの映画などに描かれるゾンビのイメージはどこからきているかというと、ハイチのゾンビである。

ハイチにおいては西アフリカ流の精霊信仰ヴードゥーが息衝いていたからハイチのゾンビというのも本来その系統に位置するものだ。ゾンビは元来ゴーレムに類する伝説上の妖怪であり、瓦礫にヴードゥーの司祭が精霊の力をこめると動きだす、というものだ。

動かないはずのものが動く魔術という発想は死体を動かすという発想に至ることとなり、ゾンビのイメージというものがハイチにおいて醸成されていった。

そして1957年フランソワ・デュヴァリエがハイチの大統領に就任した。フランソワ・デュバリエは、ナショナリズムとポピュリズムを刺激することで権力の座に上り詰めたが、この中にはヴードゥーの国教化が含まれていた。

デュヴァリエは当初こそ民主主義下の大統領を標榜していたが、次第に独裁者化していった。デュヴァリエは秘密警察トントン・マクートを結成し国民を徹底的に弾圧し、隣国ドミニカのラファエル・トルヒーヨやホアキン・バラゲールに並ぶ世界最悪の独裁を完成させるに至った。

問題はこの秘密警察トントン・マクートである。デュヴァリエはヴードゥーが国民支配の道具として使えることを洞察していたし、また自身ヴードゥーの熱心な信者であった。そこでデュヴァリエはトントン・マクートを結成するに当って、以下のような人々をメンバーとした。

  • 地方の地主とその用心棒
  • 都会の犯罪者同然のごろつき
  • ヴードゥーの司祭

ところで、ハイチは温暖な気候であるから、様々な向精神作用のある薬草が採取されるし、毒を持つ様々な生物が生息している。ヴードゥーの司祭は化学者でもあり、ヴードゥーの儀式においてこれら精神に作用を与える物質を用いていた。

トントン・マクートはデュヴァリエへの反抗者を徹底的に監視、弾圧、虐殺したが、さらに反抗者を洗脳することも行なった。これにはヴードゥーの司祭の知識が非常に役にたった。反抗者はトントン・マクートにより捕えられ、薬物によって廃人にされた。

こうして作られた廃人達とその伝承は 60 年代から 70 年代のハイチにおいてゾンビへの信仰を呼び、そしてヴードゥーの権威を高めた。その上でデュヴァリエはヴードゥーの最高司祭として振る舞うことで完全な個人崇拝と独裁を達成した。

ゾンビは実在した。実在のゾンビは様々は歪みによって発生した圧政最も禍々しい象徴だ。

まとめ

ではフロリダ・ゾンビ事件について振り返ってみた。

  • 犯人はハイチ人であり
  • カリカチュアライズされたゾンビ同然の行動を取り
  • 舞台はマイアミであり
  • マイアミでは人種、民族間の緊張が存在し
  • ゾンビとはそもそもハイチの汚点のような存在である

ということになる。こうした微妙な問題に触れる際にはある程度の注意が必要なのではないかと思う。

まずは、最も手軽に出来て、あなたの自信を一瞬にしてとり戻す、すばらしくシンプルな方法です。
気持ちをフラットにして行ってみてください、立っていても、座っていても構いません

・あなたの利き腕では無いほうの指先で
 着ている服の「胸」の辺りをつまんで
 「クイッ」っと斜め上に持ち上げます
・あなたはそれに逆らわず
 つままれた服と一緒に、胸を張るように斜め上に持ち上げる
たったこれだけ。
ですが、やってみるとわかります。明らかに気持ちが変わりますよね。
あたり前の事ですが、自信をなくしているときには
・背中が丸くなる
・肩が内側に入る
・顔はうつむきがちになり、目線が下に下がる

こういった、あたり前の事を忘れてしまっているんです。だから、それをとり戻す、すると、自信をとり戻すことができる。いざという時に試してみてください

驚くほど効果的!ほんの一瞬で気持ちをガラっと切り替える6つの方法 | ザ・チェンジ (via sweetwoodruff)

これを読んで思うに、今までの人生で受けたアドバイスで一番役に立っているのは「背筋を伸ばして歩け」のような気がしている。

(via yoosee)
fujiwara_ed: これは1976年のことだから、いまから36年も前の話。国書刊行会では「企画いらいじつに十六年!ついに実現した世界最高・最大の怪奇叢書!」を謳った《ドラキュラ叢書》全10巻を発刊した。《世界幻想文学大系》につづく海外文学企画第二弾である。 [http://twitter.com/fujiwara_ed/status/209143571255787520]
fujiwara_ed: その新聞広告を見たある旅行代理店が「ドラキュラ・ツアー」という企画をもってやってきた。ドラキュラ城のモデルとされるブラン城をはじめ、ルーマニア各地をめぐるパック・ツァーである。 [http://twitter.com/fujiwara_ed/status/209143907169210368]
fujiwara_ed: 当時共産圏のルーマニアには日本からの観光客はほとんどなく、また「ドラキュラ」を観光の目玉とする発想もなかった。(ドラキュラ=ヴラド公の史実を探ったマクナリー&フロレスク『ドラキュラ伝説』の邦訳が78年) [http://twitter.com/fujiwara_ed/status/209144131421872128]
fujiwara_ed: 代理店の口先三寸に、新し物好きの社長はひとこと、「やりましょう」。 [http://twitter.com/fujiwara_ed/status/209144286023921664]
fujiwara_ed: かくして国書名物、出版情報をぎっちり詰め込んだ全5段の新聞広告の一画に、「ドラキュラ・ツアー参加者募集!」の文字がデカデカと躍ることになった。 [http://twitter.com/fujiwara_ed/status/209144428072402945]
fujiwara_ed: しかし、盛り上がる社内の期待をよそに、読者の反応はほとんどなく、そのまま募集期限がきてしまう。申込みはわずか一名。惨敗である。 [http://twitter.com/fujiwara_ed/status/209144555516346368]
fujiwara_ed: こういう場合、ツアー不成立にすることもできるのだが、それでは面子が立たないとでも思ったのか、会社では不足分を社員で補うという手に打ってでた。要するに、社員旅行みたいなものだが、もちろんツアー代は各自の自腹である。(それにしても、一人だけまじった一般のお客さんは、どう思っただろう) [http://twitter.com/fujiwara_ed/status/209144852347224064]
fujiwara_ed: これを日本人が知っておくべき国書刊行会三大がっかり事件その二に認定したい。 (さすがにこれは入社前の事件。むかし、社の古老から聞いた話である) [http://twitter.com/fujiwara_ed/status/209145540527665152]

アンナプルナの映画プロデューサー、ミーガン・エリソンは…、おとつい(10日)にブログの機能障害で詳しく、お伝えできませんでしたが、ポール・トーマス・アンダーソン監督が有名な新興宗教の背景を描く「ザ・マスター(教祖)」(仮題)からユニバーサル映画が撤退し、製作中止になったのを、ポンと資金提供して、プロジェクトを復活させてくれたほか、「ターミネーター」シリーズの生みの親のジェームズ・キャメロン監督の元嫁さんであるキャスリン・ビグロー監督(「ハート・ロッカー」2009年)の新作「キル・ビン・ラディン」の製作も進めるなど、本来はそうした気鋭の映画監督の野心作ながら、商業的価値においては見劣りのする企画に出資し、実現につとめてくれている人です。

そうした、ともすれば赤字で儲からないかもしれない映画に、ホイホイとお金を出すことができるのは、ミーガン・エリソンが、IT業界の国際的大企業オラクルの創業者のCEO、ラリー・エリソンという大富豪の娘のお嬢さまだからで、そのオラクル・マネーが映画界を騒がせていることは、俳優くずれの映画プロデューサーとして、妹とは別会社のスカイダンス・プロダクションを率いる兄のデヴィッド・エリソンが、松本零士の人気アニメ「宇宙戦艦ヤマト」の本格的な実写映画化に乗り出したことを、今年2011年2月にお伝えした際にも記したので、覚えていらっしゃるCIAリーダーの方も多いと思います。

そのオラクル兄妹は、冒頭のコーエン兄弟監督の名作西部劇「トゥルー・グリット」を大ヒットに導き、トム・クルーズ・ファンの兄ちゃんは、シリーズ最新作「ミッション:インポッシブル-ゴースト・プロトコル」を今年末12月16日に世界公開しますから、けして、金持ちの道楽として、採算度外視の映画ばかり作ってるわけでもありませんが、リスクの高いプロジェクトに多額の投資をしてしまっている事実に変わりはなく、ミーガンが自分の手がけてきた映画とは少し畑違いとも言える「ターミネーター」シリーズを、いきなり買収しようと思った背景には、ライオンズゲートと同じく、一定のヒットが容易に見込め、資金を循環することができるタイトルが欲しかったからだろう…と憶測されています。

人生は空しい、と思って、ふと気がついてみると、お腹が減っていたということがある

もんでも温めても治らないコリのような痛みは、何が原因なのでしょうか? 長引く痛みに悩む、慢性痛の可能性がある人の体を調べてみると、普段痛い場所とは別のところに、触ると“コリコリ”するものが潜んでいることがわかりました。しかもそれは別の場所にあるのに、押すとなぜか普段痛む場所に激痛が走るのです。

押された場所と、痛む場所が違う

押した場所と別の場所に痛みを引き起こす“コリコリ”こそが、慢性痛とただのコリを分けるものだったのです。肩、首、腰などの痛みの中で、コリコリがある場合は慢性痛の疑いがあります。

この地球において、望まれて押された CapsLock と、そうでない CapsLock では、後者の方が多いだろう。